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2007.02.25

ピンク・レディー〜防犯ミラーとしての世間

フィンガー5から逃げ出して それで僕の “新たなる自己顕示の方法” がすっかり封印された訳ではない――そう 日本列島はやがて ピンク・レディー という巨大な煽動者を迎えることになる。

巷には今 当時の彼女達を収めた動画が 流石に数多出回っている。それらを 画面前に座したまま  “身動ぎもせず” という凡そ不適切な状態で観賞してみると ピンク・レディーという存在が如何に奇異だったかがよく判る。
巫山戯た内容の楽曲を 決して低くない歌唱力と舞踏力とを以て演り続ける。その歌と踊りとは 例えば現代のジャニーズな彼等がするほど溶け合ってはいない。例えついでに美事な比喩を挙げたい処だが どう捻っても出て来ない。代わりに “唯一無二” という小賢しい四字を置いておこう。
そんな 他にちょっと例を見ない彼女達は常に笑顔で在るが 存在そのものは終始必死で大真面目だ。それが一層 現在の僕へ “奇異” を際立たせる。

子供でなければ 到底受け容れられられないだろう。
事実 美意識が高く偏狭な父は 彼女達を頭から否定した。真似て踊る我が子へは それとは判らぬような批判の態度を示した。見咎めて 「子供の夢を壊すような……」と母が代わりに食って掛かれば 家内は一気に険悪な空気で満たされた。
それでも 僕は踊るのを止めなかった。大人の不穏な景色には人一倍敏感だった筈が 彼女達の芸の前では両親の不仲も何ほどの意味も為さなかった。それほど子供の眼に 彼女達は呪術的だった。


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Posted at 19:17 | 70s | COM(0) | TB(0) |
2007.02.22

フィンガー5〜新たなる自己顕示の方法

記事立てするほどの事も書けないのだけれど(笑)。
ただ 僕のPOPS LIFEはこのグループから始まったという意味で欠かせない存在かな と。リード・ヴォーカルの晃クンが大好きで 自分の小遣いで初めて買ったEP盤も彼らの『個人授業』だった。それまで両親から与えられる儘に童謡を歌って育まれた情緒が ぼちぼち自我の芽吹きを見せ始めたような 「物心ついた頃」とは僕にとって この頃を指すのかも知れない。

――背の高い小学生だった。休み時間に縄跳びの縄をマイク代わり 教壇の脇でクラスメイトへ披露したものだ。仲間が居たかどうかサッパリ想い出せないから 或いはワンマンショーだったのかも。そのような自己顕示の方法を現在の僕は一切採らないけれど 例えば久しぶりにLONDONへ帰って見知らぬ誰かとパブで酔って 誘われる儘に流れた先のクラブなんかで 容量目一杯の水風船を壁へ投げつけたが如く弾けて踊る時 ヘベレケに見えて一点だけ醒め切って居る僕の眼に映るのは 休み時間の毎に躍り出てフィンガー5を演った あの僕であるように想う。どちらが本物なのか どちらが幸福なのか 巡らすうちに どちらでもない 其れは本性であり 生涯胸底に飼い殺されて在るだろう……と そうしてヘベレケに見える唇で "Can I Kiss U?" 又も封じ込めるのだ――。

晃クンが変声期を迎える頃 僕も静かにフィンガー5から退き始めた。飽きたのではない 怖かったのだ。アイドルの身の上に 何か世にも恐ろしい事変が起こっているようで あの鮮烈なボーイ・ソプラノが世界から永遠に失われることへの哀しみより 愛してきたものが自分からすっかり消え失せてしまうことへの恐怖の方が 何層倍も大きかった。見守ることも見届けることもせず 僕は只逃げた。
そのままJackson5へ鞍替えしなかった(掠ってはいた)のが 如何にも臆病な僕らしいと思う。もしそうしていたら 現在の音楽傾向も青春期の体験も友達の種類も つまり人生そのものは 随分違っていたに違いない。

驚きの付録映像 ↓

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Posted at 11:54 | 70s | COM(2) | TB(0) |